研究生活覚え書き

蛭川研究室旧館の跡地です

平常心是道 ー 2021/07/28 CE 研究生活覚え書き

この記事には医療・医学に関する記述が含まれていますが、その正確性は保証されていません[*1]。検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。この記事の内容の信頼性について検証が求められています。確認のための文献や情報源をご存じの方はご提示ください。

この記事は特定の薬剤や検査・治療法の効果や適法性を保証しません。個々の薬剤や検査・治療法の使用、処方、売買等については、当該国または地域の法令に従ってください。

市中の山居

18年前の京都の夏も例年のごとく暑かった。花園大学の二階にある空中茶室で催された茶会の席主は、私の師匠であった黒川宗五で、一期一会の正客は花園大学教授、安藤治だった。

師匠が、冷房等を使用せず水音等で涼を演出するのが茶の湯の心だと言い張るものだから、相伴にあずかった私は汗だくになってしまった。

掛け軸には「平常心是道[*2]」とあった。

それからすぐに安藤さんは花大を中途退職し、山に入って仙人になってしまった。京都は暑いし寒いし住みにくいし、山の温泉で悠々自適がいいな、あとは任せたよ、と言って、洛外へ去った。そして連絡がとれなくなってしまった。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/i/ininsui/20170119/20170119015152.png
妙心寺東林院のサラソウジュ(Shorea robusta[*3]

昨日、山に登った安藤さんが、とうとう昇天して天に召されたのだという報せを受けた。

あとは任せたよ、と言って笑っていた安藤さんの顔を思い出す。

「覚」と「信」

その後、安藤さんが時々、下界に降りてきて仕事をしていると聞いた。安藤さんは医者でもあったから、医師たるもの、決して臨床の現場からは離れてはいけない、という誓いを誠実に実行していたのだった。

下界に降りてきたタイミングで、また市中の安藤さんを訪ねて行った。研究の現場にも戻ってきてほしかったからだ。

安藤さんは「信じるしかないんだよ」と言って窓の外をじっと見つめた。

安藤さんは、京都学派の禅仏教と精神医学・心理臨床の統合を目指していたのだし、だから私を花大に呼んでくれたのではなかったのか。疑って疑って、疑い尽くして、それでも残ったものは信じるしかない。しかし、まず最初は疑わなければならない。大疑の後に大悟あり、私は、久松真一老師が、禅を「覚の宗教」と定義し、「信の宗教」と区別したではありませんか、と問うた。

安藤さんは「信じるしかないんだよ」と言って茶を点ててくれた。それは仙界の薬草を煎じた魔法の霊薬でも何でもなく、ただの茶だった。そして安藤さんは、ただ信じて一服すれば、じつに一杯の茶も万病を癒やし、あらゆる悩みを歓びに変えるのだと言った。

そしてまた、後は任せたよ、と言って笑った。

鰯の頭も信心

寂しい話である。人の心は揺れるもの。平常、無事と、言うは易し行うは難し。参禅の難行よりも信心の易行が凡夫の救いと思う。

f:id:ininsui:20210728175911j:plain
プラセプラス200mg錠[*4]

ベンゾジアゼピン抗不安薬には依存性があるので漫然とした連用は避けたほうがいい。まずは、プラセプラスを一服。信じるしかない。

先達から任せられたものを、しかと受け止めたい。

合掌。



記述の自己評価 ★★☆☆☆
(思いついたことを書いたメモであり文章が不完全。学術的な内容も含まれているが、それは切り出して別の記事にする予定。)

灰色のアンダーラインは、はてなキーワードへのリンクで、青色の細字の下線はWikipediaへのリンクです。蛭川研究室ブログ内へのリンクは「」で囲って区別しています。詳細は「リンクと引用の指針」をご覧ください。

CE2021/07/28 JST 作成
CE2021/07/28 JST 最終更新
蛭川立

*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。

*2:「びょうじょうしんこれどう」は『無門関』第十九則にある。

*3:hirukawa.hatenablog.jp

*4:プラセボ製薬株式会社

| 蛭川研究室トップに戻る | お問い合わせはhirukawa(半角アットマーク)meiji.ac.jpまで |