精神疾患と創造性

京大に入学したばかりの春、教養部で藤縄先生[*1]の講義を聴講する機会があった。必修であった数学の授業の裏のコマだったのだが、先生独特の世界観に、すぐに引き込まれてしまった。しかし講義は六月に、わずか二ヶ月で終わってしまった。

戦前から続く精神科病院であった武蔵療養所を中心に国立の諸機関が統合され、国立精神・神経センターという組織が新設された[*2]と聞いた。先生はそこの研究所の所長として、急きょ転出されることになったのだという。

最終講義で藤縄先生は、本当はそんなところには行きたくないのだが、と意外なことを仰った。同時に、新しく作られたセンターの設立趣旨に「すべての国民に精神的健康を云々」とあることについて、先生は懸念を表明された。「すべての国民が精神的に健康になってしまったら、どんな社会になりますか。創造的なものはどこから生まれてきますか」という問題提起に呼応して、教室は拍手喝采に包まれた。

まだ一年生だった私は馬鹿正直に「すべての人が精神的に健康になった社会」というものを思い描こうと努力したものだ。

蛭川立「電子版への後書き」『精神の星座』2017年

統合失調症双極性障害

精神疾患と創造性の閒には関係があると議論されてきたが、いままでは、精神疾患にかかっていたとされる著名人を病跡学的に研究するなどの定性的な議論が多かった。大規模な集団を対象とした研究はこの10年ほどで大きく進歩してきた。

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power et al. (2015).

統合失調症(SCZ)、双極性障害(BD)、芸術家(Art)、大卒の学歴(Univ)の相関関係。P値が少ないほど強い相関を示す。

統合失調症双極性障害はどちらも遺伝の要因の大きい疾患だが、その素因となる遺伝子群は、かなり共通している。双極性障害の患者は芸術、学術の双方にに秀でる傾向があるが、統合失調症の患者の場合には芸術方面でだけ、双極性障害と同等の創造性を示している。

双極性障害と創造性

双極性障害のほうが、統合失調症よりも創造性と結びつきやすいのだろうか。統合失調症に罹患したほうが認知機能の低下を招きやすいことはよく知られていることである。

DSM-5は、電話帳のように分厚い精神疾患の診断マニュアルである。その、双極Ⅱ型障害の章には、さりげなく、以下のような短文が載せられている。

双極性障害をもつ人の中には高い水準の創造性をもつ人がいる。しかしながら、それは直線的な相関関係にはない。すなわち、偉大な人生の創造的な業績は、比較的軽症型の双極性障害と関係しているし、高い創造性は発病していない家族にみられる[*3]。

この「直線的な相関関係にはない(原文ではnonliear)」とは、どういうことだろうか。それは、第一に、重症であるほど創造性が高まるというわけではない、ということである。だからこの文章が双極Ⅰ型ではなく、双極Ⅱ型障害の章に書かれているのだろう。双極Ⅱ型の軽躁状態では、適度な興奮状態が創造性と結びつくことはありうる。しかし、双極Ⅰ型の、より重度の躁状態では、思考や感覚が混乱してしまい、まとまった作業に集中できなくなってしまう。

第二に、発病した患者の近縁者により高い創造性がみられるということである。血縁と創造性については、より包括的な研究が行われている。双極性障害と、また統合失調症でも、患者本人よりもその近縁者のほうが高い創造性を示す。この傾向は、双極性障害でははっきりしないが、むしろ統合失調症の場合に顕著である。

たとえば、芥川龍之介統合失調症だったかどうかという議論がある。彼の母親が統合失調症だったことは、息子であった彼にも統合失調症の遺伝子が引き継がれている可能性を示唆している。しかし逆に、母親を中心に考えてみると、彼女が統合失調症だったからこそ、その息子が天才的な能力を示したとみることができる。

創造性と血縁

スウェーデンでは三十万人を対象とした家系調査が行われている。

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Kyaga et al. (2011).

上から、(a)統合失調症とその血族、(b)双極性障害とその血族、(c)単極性うつ病とその血族の創造性のオッズ比。

この創造性とは、学者や芸術家などの創造的な職業に就いている割合として計算されている。それ以外の、たとえば政治や経済の分野で成功している人の数は、精神疾患とは相関しないので除外している。この図では省略されているが、この研究では、統合失調症の血族は芸術の、双極性障害の血族は学術の分野に秀でていることが示されており、これは、他の研究とも同様の結果である。

(a)統合失調症の場合、発症していない近縁者は創造性が高く、血縁関係が離れるほど低下していく。しかし、患者本人の創造性のレベルだけは、一般人口の平均である。患者本人の創造性だけが低いのは、なぜだろうか。

(b)双極性障害でも同様の傾向がみられる。しかし患者本人の創造性も高い。

この研究では、創造性を計算するにあたって、知能検査で測られるような認知脳力の要因を差し引いている。統合失調症に罹患すると認知能力が低下するとされるが、それを差し引いても創造性は一般人口レベルはあるということでもある。

また、(c)の単極性うつ病の場合は、患者本人も血縁者も、創造性のレベルは一般人口よりやや低い。

このことは、「気分障害(広義の躁うつ病[*4])」を「双極性障害(狭義の躁うつ病)」と「単極性うつ病(大うつ病)」とに分け、前者がより統合失調症に近いという近年の趨勢を支持しているといえる。

なお、統合失調症双極性障害、単極性うつ病のいずれの場合も、創造性のスコアは、親>キョウダイ>子、という順になっており、ある遺伝子群が片親から子にまとまって受け継がれたとき、精神病が発症することを示唆している。キョウダイや子の場合は、配偶者の遺伝子とランダムな組合せが起こるため、ひとまとまりの遺伝子群がばらばらになってしまう。

統合失調症双極性障害は、どちらも発症の遺伝率が高く、かつ、両者に共通する遺伝子群が背景にある。その共通する遺伝子群が、生得的な創造性にもかかわっているらしい。そして、その遺伝子群がある特定の組合せとなったときにだけ、統合失調症が発症するということだろうか。もしそうなら、創造性を理解することは精神病を解明することであり、精神病を解明することは創造性を理解することでもある。俗に狂気と天才は紙一重というが、むしろ表裏一体といったほうがよいのかもしれない。


(西暦2017-11-02 作成 12-30 更新 蛭川立

*1:藤縄昭

*2:国立精神・神経センターの設立は1986年。関連組織の年表を参照。

*3:DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』136頁

*4:クレペリンの『精神医学』の、改訂を重ねた版では、単極性のうつ病も、一回だけ発病したものとして躁うつ病に含めている。第八版の邦訳『躁うつ病てんかん』313-315頁。