心身の象徴論

古代の象徴論

古代ギリシアにおける四体液説(血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁)は、心身のはたらきを四元素(空気、水、火、土)に対応させたものである。

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四元素説と四体液説[*1]

この四体液のうち、血液は血液、黄胆汁は胆汁に対応させられる。粘液は、体液全般、とくにリンパ液に対応させることもできる。黒胆汁というものは存在しないが、分泌された胆液は最初は黄色く、徐々に黒ずんでいくので、それを黒胆汁と呼んだのかもしれない。

この四体液の中で、存在しないはずの黒胆汁=憂鬱質(melankholía)という観念は、現在の「メランコリー」という概念に受け継がれている。また当時、狂気を意味していたマニア(mania)という言葉は、いまでは躁病という意味で使われるが、これが黄胆汁のはたらきに結びつけられることもある。黒胆汁の過剰によってうつ病になるという説の延長で、黄胆汁と黒胆汁が互いに変化すると考えると、これは躁うつ病に相当する概念かもしれない。

ギリシアの四元素・四体液説は、インドのサーンキヤ哲学・アーユルヴェーダにおける三元論(風、粘液、胆汁)や、陰陽五行説中医学(二元論×五元論)に対応するものである。科学的な事実というよりも象徴的な分類体系のほうに重きがおかれている。

現代の象徴論

現代の俗流脳科学における、セロトニンドーパミンノルアドレナリン、の三伝達物質説も同じような象徴的分類体系である。

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(出典不明の「三伝達物質説」)

これらの伝達物質が赤かったり青かったりするわけではない。しかし、たとえばドーパミンの「赤」は興奮や悦楽、セロトニンの「緑」は、安心や平穏を象徴している。

セロトニンが減るとうつ病になり、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)などの抗うつ薬セロトニンを増やすとうつ病が治る、という仮説はまだ完全には確かめられてはいない。しかし、この「セロトニン」は「黒胆汁」と同じように、象徴的体系の中で、わかりやすい「記号」としての役割を果たしている。

科学が進歩するにつれて知識の正確さは増していくが、複雑なものを単純な図式にまとめ、全体的な世界観 cosmology の中に位置づける象徴体系は、文化が遅れているか進んでいるかという次元とは異なる、人間に普遍的な思考の様式である。


(西暦2017-10-26 作成 11-03 更新 蛭川立