蛭川研究室

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脊椎動物の配偶システム

父性というあやうさ

背骨を持った動物、脊椎動物には三つの進化の頂点がある。硬骨魚類と、哺乳類と、鳥類である。かつては恐竜を筆頭に陸海空の覇者だった爬虫類も、中生代末、6500万年前の、謎の大量絶滅事件以来低迷を続けている。かわって現在では、獣と魚と鳥が、陸海空で繁栄している。この三つのグループの繁殖戦略を比較してみると、子育てのやり方のちがいが配偶システムの、そして社会構造のバリエーションを生んでいることがよくわかる。

硬骨魚類、つまりふつうの魚は卵生で、卵は体外受精する。鳥類は体内受精するが、卵生、つまり卵を産む。哺乳類は体内受精し、さらに有胎盤類は胎生である。つまり胎児は母親のおなかの中で育つ。硬骨魚類の繁殖方法は、水中に暮らす多くの動物と共通のやり方である。まずメスが卵を産み、オスがその上に放精する。卵はそのままほうっておかれるか、世話されるとすればそれはどちらかといえばオスの仕事である。自分が精子をふりかけた卵は確実に自分の遺伝子を受け継いだ子どもだから、オスにとって、その世話をすることはその子どもたちの生存確率を高めることになる。逆にもし、放精してすぐにその場を離れてしまうと、卵が十分に受精する前に、ほかのオスがやってきて彼の精子をふりかけてしまうかもしれない。

われわれ人間も含め、体内受精する動物の場合はオスがメスを見張り、他のオスと交尾しないように行動することが多いが、体外受精する魚の場合、オスは卵そのものを守ろうと努める。メスが産卵後どこかへ消えてしまっても、それは問題にはならない。彼の関心は卵それ自体あって、メスではない。一匹のメスが産んだ卵にたくさんのオスたちがひきつけられてきて、放精しようとする。だから、硬骨魚類の配偶システムは、一妻多夫的になりがちである。

新たなジレンマ

いずれにしても魚は子育て熱心ではない。たとえばタラのタラコをみればわかる通り、むしろたくさんの卵を産んで、そのうちのほんの一部が生き残ればいいという戦略(r戦略)である。ところが鳥類や哺乳類は逆である。少なく産んでていねいに育てる(K戦略)。そうなると、オスもただメスの卵を受精させて、すぐまたべつのメスの卵を求める、というわけにもいかなくなる。母と子のもとにとどまって、その子育てを手伝うのもまた繁殖上の大きな利益となるからだ。子育てをとるか、べつのメスを受精させるためにエネルギーを費やすかは、新たなジレンマである。

メスもメスのほうで「よい」遺伝子をもっているオスだという理由だけで、交尾の相手を選べなくなる。いくら「よい」遺伝子をもっていても、子育てをあまり手伝ってくれなオスの子を産むと、繁殖上不利になる。たくさんのメスが交尾したくなるような、「もてる」オスほど、それぞれの子どもにたいする養育には手が回らなくなる。それほど「よい」遺伝子をもっていないがために、メスにはあまり「もてない」オスのほうが、より子育てに協力してくれる可能性が高い。どちらのタイプのオスがよいのか。メスもまた新たなジレンマに直面することになる。その結果、子育ての必要性が増すほど、また子育てにオスが寄与すればするほど、一夫多妻よりも一夫一妻のほうが都合がよくなってくる。

鳥類と哺乳類では、同じように子育て熱心だといっても、育て方がちがう。哺乳類の場合、子育てはほとんどがメスの仕事になっている。有胎盤類の胎児は子宮という特別な器官の中で保護されながら成長する。産まれた赤ん坊はさらに乳腺という特別な器官から分泌される栄養液を飲んで育つ。

鳥類の場合、雌雄の立場はより対等である。ふつうはオスがエサを取りにいっている間に、メスが子どものいる巣を守るという分業が行われるが、この性役割分業は逆でもできる。ところが哺乳類の場合はそうはいかない。子宮や乳腺はメスにしかない。身体の構造上、オスはメスの役割を代行することはできない。どちらかといえば哺乳類のほうが生物界一般の雌雄のあり方を守りつつ、子育てへの投資を増大させてきたグループだといえる。

この子育て方法のちがいが、配偶システムの形態を決定している(図)。哺乳類は、より「保守的な」一夫多妻型配偶システムを発達させている種類が多いが、鳥類では一夫一妻的なシステムを発達させている種類が多い。オスは、限られたエネルギーを、子育てと、より多くのメスと交尾することの、どちらかに振り分けなければならないが、哺乳類はより後者のほうに投資する種類だといえる。というのも、オスが子育てに関与できる余地が少ないからだ。多くの動物で、オスは交尾相手のメスの選択にはあまりこだわらない。むしろ、より多くのメスを受精させることに関心がある。しかし、メスは相手のオスをよく選ぶ傾向がある。またそれに対応しているのだろう、きれいな色や、大きな飾りでライバルに差をつけ、異性を引きつけようとするのは、もっぱらオスのほうである。それにたいして、メスは地味で小さいことが多い。

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鳥類的な人類

しかし、一夫一妻的なシステムになると、オスも相手のメスの選択にこだわる。せっかく子育てに参加する以上、母親の資質にも無関心ではいられない。そのせいだろうか、鳥類には雌雄ともにきれいな色をしている種類が多い。

こうしてみてくると、人間は哺乳類でありながら、鳥類に近いところがある。たしかに多くの人間社会が一夫多妻を許容しているが、実際にそれを実行できるのは少数の男にすぎないし、かりにできたとしても、せいぜい二、三人の女性を妻にできるというのがふつうである。女性だけでなく男性も相手を選り好みする。異性の関心を惹くために自分を飾りたてることに関しては、むしろ女性のほうが熱心かもしれない。これは哺乳類としてはめずらしい。人間の配偶システムは一夫多妻と一夫一妻の中間を中途半端にゆれ動いている。

しかし哺乳類の中で人間だけが特異だというわけでもない。一夫一妻的なペアをつくり、オスも子育てに熱心なのは肉食の哺乳類、食肉類にも多い。おそらくは動物を捕獲するという行動には高い知能が要求されるためだろう、食肉類は脳が発達している。その脳を十分にプログラミングするため、子どもは、狩りの仕方を親から学ぶ。たとえばキツネは雌雄でペアをつくり、オスも育児に積極的に参加する。母親がもっぱら巣の中で子どもの世話を行ういっぽう、父親は食料を「妻子」のもとに運ぶ。このやり方は鳥類的である。ただし、ネコのような単独性の食肉類は、必ずしもこのパターンには当てはまらない。

人間の男性もまた子煩悩である。人間の先祖は基本的に草食性だったのだが、肉食を含む雑食性へと、食性を進化させてきたことと関係している。

(二十年前に書いた本からの抜粋なので、表現に未熟な部分がありますが、どうか若気の至りということで、ご容赦ください。)

(2017-05-25 作成 蛭川立