蛭川研究室

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「テレパシー」と「共時性」

「虫の知らせ」

沖縄には、女のほうが男よりも強い霊力をもっていて、男を霊的に庇護するという観念がある。とくに、姉妹と男の兄弟との間には、特別な霊的な絆があると考えられてきた。琉球王国の神女組織の長であった聞得大君(きこえおおぎみ)は、ふつう王の姉妹から選ばれ、王を霊的にサポートする役割を担っていた。

姉妹の霊力ということで、沖縄本島でユタ業を営む、ムタさんというオバアさんから聞いた話をひとつ紹介したい。

今から50年も前の話で、ムタさんが28歳のときの話である。当時、ムタさんはカミダーリ(巫病)の真っ最中だったのだが、そんななかで、ムタさんは弟さんを亡くした。当時、弟さんは大阪の工場に出稼ぎに行っていた。大阪で働いているうちに、そこで恋人ができたのだが、その女性の背後には暴力団が存在していた。

ある夏の日の夕方、ムタさんは、大阪にいるはずの弟さんが、背広姿で家の中に立っているのを見た。彼は無言で、しょんぼりした顔をしていた。その前にも何度も夢の中に弟が出てくるので、不思議に思っていたところだった。

翌日の夕方、弟さんがヤクザと喧嘩をして殺されたという電話が入った。ムタさんはそれからしばらく、左胸と首の痛みに悩まされた。その後の解剖の結果、首をヌンチャクで殴られ、左胸を靴で蹴られたのが死因だとわかった。[*1]

ムタさんの話のような「幽霊」体験は、どのように解釈することができるだろうか。まず、(1)こういう体験談自体が作り話である、という可能性がある。シャーマン系の人にはよくあることなのだが、彼(女)らは往々にして自分の霊的体験をおおげさに誇張して語りたがる傾向がある。それが当人の仕事にとっての宣伝活動でもあるからだ。もっとも、ムタさんに限ってはとても謙虚な感じの人で、なにかを自慢したり誇示したりという雰囲気の人ではない。

そもそも、どうせでっち上げるのならもっとドラマチックな話のほうがおもしろい。恋のかけひきや暴力団の抗争など、話を面白くできそうな要素はいろいろあるのに、それらは活用されていない。そういうことから考えても、この、それほど派手ではない体験談には、派手ではないがゆえにかえって信憑性が感じられる。

意図的な嘘の次に考えられるのは(2)思い違いや記憶の間違いである。たとえば、たまたま家の中に見かけた人影らしきものと、弟さんの死という事件を、ムタさんが事後的に結び付けてしまったという可能性がある。人間は自分がもっている認識の枠組み(フレーム)にしたがって、たんなる偶然の一致の中に因果関係をあてはめて「物語」をつくりあげ、さらにはその物語の構成に応じて自分自身の認知や記憶を都合よく変えてしまうことさえある。弟さんが殺されるというような衝撃的な出来事に直面したなら、それはなおさらのことで、異郷の地で無念に死んでいった弟さんが、その直前にお別れを言いに来てくれたのだ、という「物語」を考えれば少しは心の救いになる。

人は、一見、無関係なことがらの閒に関係、とくに因果関係を考えたくなるものである。とくに感情的に衝撃を受けるような出来事があったときには、なおさらである。ユングはこれを、因果性とは異なる共時性シンクロニシティ Synchronizität)[*2]、意味のある偶然の一致、という概念で捉えようとした。

家族や知人が災難にあうのを、前もって夢に見るという話もよくある。たとえば、ある人のことを夢に見て、次の日にその人が亡くなったとする。これはとても偶然とは考えられないと人は考えてしまう。たしかに、ある晩の夢に出てきた人物がたまたま翌日死亡するということに限っていえば、その確率はきわめて低い。しかし、逆に、ある人が死んだとき、その前夜にだれかがその人の夢をみていた確率を考えると、それはそう低くない。一人の人に、何十人も何百人も知り合いがいたとすれば、そのうちの一人ぐらいがたまたま彼(女)の死の前日にその人の夢をみている可能性は、そう低いわけではないから、集団レベルではその程度の偶然の一致はときどき起こりうる。そして、一人の人間だけでも一年に約千回、一生の間に約数万回の夢をみるのだから、一生のうちに何度かは、こうした夢をみても不思議ではない。(→授業のレポートで集められた「虫の知らせ」の事例集

しかし個々のケースを見ると、それだけでは説明できないようなことも多い。ある人が殺される場面が現実の事件と同じように見えてしまったという事例も報告されているが、それが偶然の一致である確率はきわめて低くなる。あるいは、ムタさんが体に痛みを感じた部位と、弟さんが傷を負った部位が二箇所とも一致する確率も非常に低い。しかしそれもムタさんが意識せずに、記憶を作り変えてしまった可能性はある。たとえばムタさんは弟さんの死後、左胸と首が痛んだと言っているが、本当は別の場所が痛かったのかもしれないし、実は体のあちこちが痛かったのかもしれない。それが、弟さんの死因を聞いてから、事後的に左胸と首が痛かった、と記憶を作り変えてしまった可能性はある。

いっぽう、弟さんの死とムタさんの体験との間に何らかの客観的な関連を仮定してみることもできる。もっとも素朴な仮説は、(3)弟さんが亡くなったときに、彼の肉体から霊魂(幽体 astral body)が離脱し、沖縄のムタさんのところまでやってきたというものである。これは、「霊魂仮説」と呼ばれる。しかし、霊魂などという実体を仮定してしまうと、それはどんな「物質」からできているのか、大阪から沖縄までどうやって移動するのか、などという素朴な疑問が生じてしまう。そもそも、なぜ幽霊が背広を着ているのだろうか。幽体も裸では恥ずかしいので、肉体を離脱した後であわてて服を着てから出直してくるのだろうか。それとも、着衣のまま幽霊になるのだろうか。これは江戸時代から考えられてきた古典的な問題点である。

そこで、こうした困難を回避するために考えられたのが、(4)弟さんが殺されかけたときに、彼からムタさんに向かってなんらかの情報が伝わり、それを受け取ったムタさんが、弟さんの視覚的イメージをつくりあげた、という仮説である。これは「サイ仮説」と呼ばれる。「サイ psi 」とは「霊的」な相互作用を説明するための仮説的な概念で、ESP(超感覚的知覚)とPK(念力)がこれに含まれる。

霊魂仮説が心霊現象を霊魂という実体(モノ)の働きとしてとらえているのに対し、サイ仮説は情報のやりとり(コト)としてとらえている点でより洗練されている。そういうわけで、現在の超心理学者の多くはサイ仮説を作業仮説として採用し、研究を進めている。

自然発生的特異心理体験の特徴

ムタさんの見た弟さんの「幽霊」は、心霊研究=超心理学の業界用語では「幻像」、「幽姿」(apprition)などと呼ばれていて、さまざまな自然発生的心霊現象の中でも、もっともポピュラーなものである。このタイプの事例は昔から多数報告されているだけでなく、多くの共通した特徴をそなえている。実際になんらかの情報がやりとりされていると仮定して分析してみると、そこには一定の規則的なパターンが見られる。 こうした作業仮説を作って検討してみることは、始めからこの種の出来事を単なる偶然であると片づけてしまうよりも、より「科学的」である。なぜなら、従来の科学理論では説明できそうもない関係が観測されたとき、それを偶然として処理すれば、それで終わりだが、そこに何かがあるかもしれないと仮定して研究を続ければ、未知のメカニズムが新たに発見される可能性があるからだ。もちろん、たんなる空振りに終わる可能性もあるのだが。

もっとも、事後的な体験談をいくらたくさん集めても、サイ現象が存在することの証拠にはならない。サイ現象の存在を証明したければ、実験をしなければならない。あるいは、せめて統制された事例を集めなければならない。たとえばシャーマンの治療儀礼で病気が治ったという逸話はたくさんあるが、それをいくら集めてもシャーマンが病気を治せることの証拠にはならない。人間には自然治癒力があるからだ。シャーマンが病気を治せることを正確に示すには、まったく同じ病気になった人たちのうち、シャーマンのところに行ったら病気が治り、行かなかったら治らなかったという、対照群を含むデータをそろえなければならない。しかし、たくさんの体験談を分析することで、もしサイが存在するとすればそれがどんなパターンで生起するのかという法則性を知ることができるし、もしサイが存在しないなら、人はどんな状況で、どんな思い違いをしやすいのかがわかるだろう。

体験談の分析からうかがえる傾向の第一は、サイ的な情報が「受信」されるとき、「受信者」は変性意識状態にあることが多いということだ。変性意識状態でESP実験のヒット率が高いということと、その欧米やインドでの調査結果は、テレパシー的な情報の約半数は夢の中で受信されていることを示している。ふつうの大人の睡眠時間は一日の三分の一ぐらいだし、夢をみている時間はさらにその半分以下なのにである。また覚醒時でも、トランス状態などの変性意識状態では視覚的な幻覚を見やすくなる。ムタさんが弟さんの幻像を見たのも、カミダーリという一種の断続的なトランス状態の最中だった。


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【「発信者」の状況[*3]】


そして、テレパシーを思わせる事例のもうひとつの大きな特徴は、情報の「送信者」が、事故や急病など、なんらかの危機に瀕している場合が多いということである。英米での直感型体験(「虫の知らせ」)160の分析結果をまとめたものが表である。「送信者」が事故や急病などの非常事態にあった場合が大半を占めているが、「送信者」が死亡したケースはむしろ少数である。逆に「送信者」が死亡したケースに限ってみると、事故や急病ではない自然死の割合は四分の一にすぎない。ふつう、人の死因は老衰や慢性病が圧倒的に多いことを考えれば、この分析からいえるのは、「送信者」が死んだかどうかよりも、危機に陥っているということのほうが主要な要因だということだ。つまり、死んだ人の魂が身近な人にお別れを言いに来るというよりは、危機に瀕している人が身近な人に救難信号を出していると考えたほうが、つじつまが合う。

「テレパシー」の実験的研究

テレパシーとは、それが存在するかどうかは別にして仮定された作業仮説(working hypothesis)であり、そのような漠然とした概念であるかぎりは、「他人の脳を透視している」ともいえてしまう[*4]ため、透視や予知とまとめて超感覚的知覚(ESP: Extra Sonsory Perception)とすることもある。

ESPに関する初期の実験は、ゼナーカード(Zener cards)という、トランプに似たカードの模様を当てるという手続きで行われ、統計的に有意な結果が出たとされるが、実験の誤りや不正があったという批判もある。

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【ゼナーカード。5種類の模様が印刷されており、通常5組、25枚単位で実験に使われる。】


より進んだ実験としては、ガンツフェルト(Ganzfeld)実験がある。情報の送り手と受け手が別々の部屋に分かれ、送り手は4枚の写真のうち、ランダムに選ばれた1枚のイメージを受け手に伝えるように集中する。受け手のほうは、薄暗い部屋で何も見えない、軽い雑音しか聞こえない状況で、心に浮かんだイメージを答える。4種類の写真のうち偶然に1枚が当たる確率は四分の一、つまり25%だが、多数の実験が繰り返された結果、ヒット率は約三分の一となっている。これは、統計的にはきわめて有意な結果である。



In Search of the Dead I: Powers of the Mind

BBC Wales (1992). Powers of the Mind. (In Search of the Dead 1) posted by Brian Josephson. NHK教育テレビでも『驚異の超心理世界』というタイトルで紹介された。】


ただし、もしテレパシーなるものによって情報が伝わったとしても、その情報をなにが媒介しているのかが不明なまま、研究は先に進んでいない。統計的な有意差が示されても、メカニズムが不明なものは受け入れられない、という立場もある。また、かりに存在していたとしても、ごく微弱なものであれば、実用上、意味がないという捉え方もできる。

妄想としてのテレパシー

CIAがテレパシーの電波で個人情報を考えることを盗まれています。オバマ大統領が暗殺されてアメリカは二つの国に分裂していることをCIAが隠しています。地球温暖化のせいで来年アメリカが大地震を起こすと頭に入ってきます。いろんな先生にメールを送ったのですがみんなCIAに買収されているので無視されます。津波がきて日本は終わります。[*5]

テレパシーのような感覚は、おもに統合失調症の陽性症状[*6]としてよくあらわれる考想被影響体験(妄想の一種)[*7]でも起こるが、これは被害妄想に近い不快な体験であり、虫の知らせのような体験とは、質的に異なる。語りに論理的な飛躍がみられる(連合弛緩、滅裂思考)ことが多く、多くは病的な体験だといえる。


記事の信頼度 ★★★☆☆

(2017-05-07 作成 05-15 更新 蛭川立

*1:『彼岸の時間』第7章

*2:類似の概念として付置 (Konstellation)という概念もある。Konstellationには「星座」という意味もある。人間はほんらいランダムな星の並びの中に、人間や動物のような意味のある形を見いだすものである。

*3:スティーヴンソン, I. (1981) 『虫の知らせの科学』 笠原敏雄訳、 叢文社、 p.10。

*4:たとえば、裏返したカードの表の模様を当てるという課題であれば、それは透視を行っていることになるが、一人がそのカードの表の模様を見て、もう一人の、表の模様を見ていない他人に向けて模様のイメージを送るという課題であれば、それはテレパシーだということになる。しかし、もう一人の人物が、カードの模様を知っている人物の脳を透視する、という解釈も可能である。

*5:知らない人から蛭川のところに送られてきた複数の電子メールの内容を、プライバシーも考慮して若干改変して作文したもの。

*6:統合失調症精神分裂病)、それも急性期の症状は、脳の病気であり、適切に治療することで寛解する。

*7:考想被影響体験については、脳科学辞典の「妄想」の項目で詳しく論じられている。