蛭川研究室

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身体と意識(西暦2017年度)

講義概要

睡眠中に見る夢は、変性意識状態、つまり日常とは異なる意識状態の代表的なものである。人生の三分の一は睡眠状態、つまり幻覚を伴う意識消失状態なのだが、我々の社会はそれを病理だとは考えない。変性意識状態には、夢のほかに、催眠状態、臨死体験、精神展開体験、瞑想体験など、自発的に起こるものや、意図的に起こすものなど、さまざまな種類のものがある。しかし、我々の社会では、そうした多様な意識状態は存在しないか、存在しても問題にしないか、あるいは精神疾患として扱われることもある。それは、文化に依存する。かつての「神隠し」は「宇宙人に誘拐された」という物語に変化し、さらには「解離性障害」という病気として治療の対象となる。

近代化される以前の社会では、しばしば夢や幻覚と現実との境界が曖昧であり、あるいは古代インド哲学仏教思想では、肉体を持って「覚醒」して生きている状態を、夢を見ているような状態と見なし、その錯覚から「覚醒」しなければならないとする考えが一般的である。その「覚醒」のための身体技法が瞑想であるが、現在、物質的な身体を健康に保てるとして流布している「ヨガ」なども、こうした瞑想法から派生したものである。

向精神薬の一種である精神展開薬は、主に中南米先住民社会で儀礼的に使用されてきた薬草の成分であり、適切な文脈で使えば、むしろ薬物依存などの病理を解決し、精神的な健康や芸術的創造性を高める。精神展開薬は「幻覚剤」と呼ばれることもあるが、むしろふだん現実だと思っている世界のありかたを錯覚の構成物として客観視できるような、瞑想と似た覚醒状態を引き起こす。このことは、物質世界は幻だという古代の哲学的世界観への回帰のようでもあるが、いっぽうで精神展開薬の多くは、脳内で情報を伝達する神経伝達物質と似た構造の単純な分子であり、意識や思考などの複雑な情報処理が、意外に単純な生化学反応として理解できるかもしれないという手がかりを与えてくれる。

心の働きが分子レベルで解明されつつあり、さらにはパーソナリティや精神疾患の傾向などが遺伝子レベルでも明らかになりつつある現在、漠然と心の病だと考えられてきた精神疾患の多くが脳内分子のバランスの崩れとして理解されるようになり、薬物療法が精神医学の主流になりつつある。一方で、向精神薬のような物質で人間の心をどこまで操作してもよいのかが問われるようになってきている。

また現代では情報技術の発展も著しい。睡眠時間はさておいても、我々はすでに「覚醒」している時間でさえ、明滅する液晶のピクセルの背後に物質的実在があるかのように錯覚し、その仮想世界に没入して過ごす割合が増えている。物質世界と幻覚世界を隔てる境界の曖昧さは、決して原始社会や、古代宗教や、あるいは精神疾患だけで問題になることではない。多数の電極がつながれ、適切な成分に配合された溶液の中に浮かんでいる「水槽の中の脳」というSF的な発想は、徐々に単なる思考実験ではなくなりつつある。

講義計画

講義はライブである。とくに西暦2017年度は新しいカリキュラムの初年度でもあり、必ずしも公式のシラバスどおりには進まないかもしれない。以下の講義計画は実際の授業の進行に合わせて随時アップデートしていくので、こまめにチェックすることをお勧めする。

日程 テーマ 内容
09-21 水槽の中の脳(導入) 胡蝶の夢と人体冷凍保存
09-28 脳の構造と機能 脳の構造と機能局在
パーソナリティと神経伝達物質
10-05 脳の状態と意識の状態 睡眠という不思議
脳の状態としての意識の状態
10-12 睡眠と夢・明晰夢 睡眠と覚醒のリズム
10-19 明晰夢と睡眠麻痺 明晰夢と体外離脱体験
  「金縛り」は心霊現象か?
「エイリアン・アブダクション
10-26 精神展開体験 精神展開薬と神経伝達物質
11-02 (明大祭)
11-09 幻覚から芸術へ 原始美術と現代美術
11-16 催眠と解離 憑依・脱魂・シャーマニズム
解離性障害」と文化
変性意識体験と性的欲動
11-23 (生明祭)
11-30 臨死体験
12-07 東洋思想の身体観 陰陽五行のコスモロジー
インド哲学における輪廻の観念
12-14 「前世の記憶」と偽記憶
12-21 瞑想・ヨーガ・禅 輪廻と解脱の観念
瞑想時の脳波
12-28 (冬季休業)
01-04 (冬季休業)
01-11 変性意識状態と精神疾患
01-18 リアリティとヴァーチャルリアリティ 仮想現実と心物問題
01-25 定期試験


(2016-12-25 作成 2017-03-27 更新 蛭川立