不思議現象の心理学 西暦2017年度

講義概要

昔の人々は雷が鳴ったり火が燃えたりすることを「不思議現象」だと考えたのかもしれない。物理学や化学が発達した現代では、電気は不思議現象ではなくなったどころか、もはや電子機器なしの生活など考えられない。テレパシーや念力など、現在、「超常現象」だと思われていることも、科学が発展すれば「通常現象」になってしまうのかもしれない。じっさい、二十世紀以降に発達してきた量子力学などの現代物理学によって、旧来の自然法則に反するような現象も説明できるという可能性が唱えられるようになってきた。しかし、そうやって疑似科学を正当化しようとしているのだという批判もある。

太古の時代より、人間は普通の自然現象の中に過剰な意味を読み取り、超自然的な世界を構成してきた。意味のない夢をお告げだと解釈したり、岩肌の凹凸に顔を見いだして崇拝したりする。不思議現象とされるものの多くは、錯覚や認知バイアスの産物である。しかし、理屈では当たらないと思っていながらも占いを気にしてしまうのも事実である。気まぐれな偶然が支配する世界から脱するために、人間は世界に秩序を見いだそうと努力してきた。錯覚や迷信には、心の安定、社会の維持、あるいは創造性の発露といった、適応的な意味があって進化してきたという積極的な側面もある。たとえば、環境や社会の、良い方向への変化よりも、悪い方向への変化に敏感であるほうが、厳しい環境で生き延びるのには有利だっただろうし、それは社会変革の原動力にもなる。そのような認識から、「昔は良かった」論が発生し、さらには、世界の終末が近づいているといった妄想さえ形成される。そうした知覚や認知の心理学、その背後にある脳や神経のはたらきについても概観する。

また、客観的な科学がいくら進歩しても、心や意識のような主観的体験を説明することはできない。心理学は、心という主観的な現象を客観的な科学として扱おうとするジレンマを抱えながら発展してきた。曲がれという意志でスプーンが曲がれば「超常現象」だとしてその真偽が議論になるが、曲がれという意志で指が曲がるのは、あまりにも当たり前の「通常現象」だから議論にもならない。しかし、指を曲げようとしている意識それ自体は、科学がいくら発展しても、その客観的な居場所を示すことができない「不思議現象」なのである。意識が脳の働きと関係しているのは事実だが、脳を解剖しても意識という「モノ」を取り出せるわけではない。こうした原理的な問題についても議論したい。

(この授業は、石川幹人先生によって行われていた同名の講義を、今年度から蛭川が受け継いだもので、すでに単位を取得している人は、この授業を受講しても、新たに単位を取ることはできない。ただし、内容はだいぶ異なるものになる予定なので、単位は不要だが、あらためて受講したいという希望を妨げるものではない。)

講義計画

日程 テーマ 内容
04-11 脳の中の幽霊 講義についての形式的な前置き
講義概要
導入(『超常現象(2)秘められた未知のパワー』(NHKBSプレミアム))
04-18 スプーン曲げと「指曲げ」の何が違うのか?
04-25 心理学と統計学 統計的仮説検定と反証主義
ポスト・ホック解析
北タイのシャーマニズム
05-02 (祝日)  
05-09 テレパシーは存在するか? 「テレパシー」と「共時性」
05-16 精神疾患と幻覚・妄想 精神疾患の大まかな見取り図
  精神疾患と妄想・観念
05-23 ヒーリングとプラセボ効果 ヒーリングとプラセボ効果
05-30 変則的体験の諸相 hyoki氏のブログ
変則的体験の内容と頻度
睡眠と覚醒
明晰夢
解離症(脳科学辞典)
解離性体験尺度(DES)
06-06 錯覚と認知バイアス
06-13 陰謀論と終末論
06-20 記憶・予知・自由意志 予言の自己成就
    時間の非対称性と自由意志
06-27 念力と筋力 「念力」と「筋力」再考
サイコロから乱数のゆらぎまで
07-04   オーストラリア先住民のテレパシー実験?
07-11 心物問題と意識科学 心物問題略史
意識の脳神経科学
07-18 現代物理学の世界観 現代物理学と心物問題
07-25 期末試験


(2016-11-05 作成 2017-07-10 更新 蛭川立