人類学という視点

人類学という視点

人類学 anthropology は、人間を研究する学問である。しかし、そう定義しただけでは、人文・社会科学、あるいは医学など、人間を扱う自然科学の一部までのすべてが「人類学」になってしまう。

人類学という領域設定の背後には、西洋の創造論における、鉱物、植物、動物、人間、(そして神、)と並ぶ、存在の連鎖 the Great Chain of Existance という世界観が存在する。これに、鉱物学、植物学、動物学、人類学、(そして神学)が対応することになる。

進化論的世界観にもこの区分は引き継がれ、人類学は人類の進化を研究する分野となる。歴史学が、文字によって記録された史料をもとに歴史を研究するのに対し、人類学は我々(=文字を使う「文明人」)が文字というものを使うようになる以前の、もっと古い歴史を対象にする。

この、人類の進化史を明らかにするための方法には大きく分けて以下の二通りがある。

  先史考古学 prehistoric archaeology
  民族学 ethnology

先史考古学は、先史時代(歴史時代=文字を使用する時代、に先立つ時代)の遺跡から出土する化石や道具などを手がかりに、その時代の人間の生活を復元する。いっぽうの民族学は、現在、文字を持たずに暮らしている無文字社会(いわゆる未開社会)の人々を研究することで、大昔の人間の生活のモデルとする方法論である。

これと似たような区分に、

  自然人類学(形質人類学) physical anthropology
  文化人類学 cultural anthropology

がある。それぞれ、人間の生物学的側面と、社会・文化的側面を研究する分野で、先史考古学・民族学という区分にもある程度対応している。とくに文化人類学民族学はほとんど同じ意味に使われる。

ところで、人類学といったときに、それをそのまま文化人類学という意味に使うこともある。それは、しばしば「異文化理解の学」「フィールドワークの学」としても定義される。これは、文化人類学が、その本来の研究分野を超えて、人文・社会科学全体に及ぼしたインパクトの大きさによる。

20世紀の学問には二つの大きな革命があったといっていい。自然科学の分野では相対性理論量子力学が現代物理学を形成し、我々の宇宙観を大きく変えた。人文・社会科学の分野では文化人類学が提出した文化相対主義、とりわけその方法論的基盤である構造主義が、我々の人間観を変えた。

天文学という、地球の「外部」の世界を研究していた分野からもたらされた知見が、地球中心の宇宙観にコペルニクス的転回をもたらしたように、「狂気」(精神医学・臨床心理学)や「未開」(文化人類学)といった、「正気」の「文明人」の「外部」からもたらされた知見が、二十世紀以降の構造主義などの現代思想の泉源となり、人間観に「コペルニクス的転回」をもたらすことになった。

こういう文脈でみると、人類学とは、「文明」社会に生きる人間を「外部」から映し返す鏡のような学問だともいえる。つまり、近代的な文明社会も多様な人間社会のあり方のひとつにすぎず、人類全体もまた数千万種におよぶ生物の一種にすぎないという、謙虚なものの見かたをもたらしてくれる。


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(2005/2548-04-11 作成 2016/2559-04-19 更新 蛭川立