蛭川研究室

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シャーマニズムと精神疾患の近現代史

シャーマニズム

シャーマニズムとは、シャーマン shaman と総称される、呪術・宗教的職能者が、ある種の変性意識状態に入り、超自然的な世界と直接交流することによって、クライアントの病気を治したり、失せ物を探したりする(とされる)実践と信念の体系である。シャーマニズムは、脱魂型、憑霊型など、その形態にはバリエーションがあるものの、狩猟採集社会を含む、ほぼすべての人類社会に存在することから、ヒトに普遍的な現象だと考えられる。(シャーマニズムとは何かという概論については、すでに多くの資料があるので、ここでは詳述しない。)

シャーマニズム宗教的権力

社会的な階層化が進んだ社会では、政治的な権力と宗教的な権威が結びつき、シャーマニズムは階層の低いサブカルチャーに追い込まれる傾向にある。これは、三大宗教と呼ばれるキリスト教イスラーム、仏教の伝播した文化圏では顕著で、ヨーロッパの魔女狩りはよく知られている。(一神教は、玉石混淆の呪術的混乱を整備するという積極的な役割も担っていたと考えられるのだが。)日本、とくに沖縄は、こうした宗教的な権威の弱い社会だが、とくに中央集権的な国家が発達した八世紀と十九世紀に、神がかりの組織的な禁圧が行われた。

シャーマニズムの病理化・犯罪化

十九世紀後半から二十世紀初頭にかけて、西洋近代は自らの外部に「狂人」や「未開人」を見いだすようになり、心理学・精神医学や人類学・民族学という研究分野が形成される。「無意識の発見」は、むしろ「無意識の発明」と言ったほうが、より正しいだろう。心理学は、精神現象を「科学的に」研究するための方法論を整備する一方で、「異常 abnormal」や「超常 paranormal」を「正常 normal」の「影」へと追いやってしまった。唯物論と心霊研究、「科学的」心理学と超心理学は、双子のキョウダイのようなものだといえる(前二者の誕生は、同じCE1848年である)。

この時代から、シャーマン的意識状態は、治療されるべき病気、あるいは更生されるべき犯罪と見なされ、病院や監獄へと「保護」される対象となる。二十世紀初頭の西洋近代精神医学においては、シャーマニズムは、ヒステリー、精神分裂病てんかんのいずれかであろうという学説の間で論争が行われた。(その後、てんかん精神疾患とは見なされなくなり、精神分裂病の日本語訳は統合失調症となり、ヒステリーは解離性障害転換性障害に再分類される。)

日本では「物の怪」は、シャーマン的な職能者によって退治されるものだったが、中医学の普及により「瘋・癲・癪」などの「気違い」は医学的な治療の対象へと変化してきた。現在、「気違い」は差別用語としてその使用が憚られる状況にある。一方、民間巫者や新宗教系の霊能者も、沖縄を中心に根強く支持されている。それを抑制する宗教的権威が弱いという理由が大きい。

シャーマン的意識状態を引き起こす、サイケデリックスを含む薬草は、もっぱら中南米の先住民社会で使用されてきたが、これらの薬草や抽出された有効成分(メスカリンやシロシビンなど)、あるいは人工的に合成された類似の物質(LSDやMDMAなど)は、近代社会においては「麻薬」として犯罪化されるようになった。それに対して、南米の先住民が儀礼的に用いてきた薬草であるタバコや、エチルアルコールについては、合法・専売にして政府が税収を得る仕組みになっている。合法的な薬物と非合法な薬物を区別するために使用される言説は、「疑似科学」以上のものではない。

反精神医学とカウンター・カルチャー

二十世紀半ば過ぎの反精神医学の潮流の中では、シャーマニズムは、社会的に承認された分裂病であるという見方が流布するようになる。またこの時代には、西洋世界ではサイケデリックスがカウンター・カルチャーと結びつくようになった。

精神病は神経の病、神経症は精神の病と言われるが、前者はより内因的で器質性の疾患であり、遺伝的な素因によるところが大きい。後者はより心因的で反応性の疾患であり、遺伝的な素因もあるが、環境の影響が大きく、その現れ方は、時代や文化によって大きく異なる。反精神医学は、病が社会的に構築されるという視点を打ち出したことに意義があるが、一方で、生物学的素因を軽視したという問題点もある。これは、同じ時期に隆盛をきわめた文化人類学も同様で、「文化」を強調しすぎたことが遺伝学の軽視につながり、「自然人類学/文化人類学」(二つの人類学)という、不幸な分裂の溝を深めてしまった。

生物学的精神医学

二十世紀末には、ヒトゲノムの解読が行われ、精神疾患を含む心理現象の分子遺伝学なメカニズムが急速に明らかになってきた。分裂病の表層にある陽性症状と、背後にある陰性症状は、異なる生化学的機序によることが解明されつつある。シャーマニズムを特徴づける、「幻覚」や「妄想」を伴う特殊な意識状態は、むしろ陽性症状と類似するもので、分裂病というよりは、解離性障害の一種(解離性トランス)として分類されるようになっている。

インドールアルカロイドのような単純な分子構造のサイケデリックスがシャーマン的意識状態を引き起こすことは、意識状態の変容が比較的単純な生化学的メカニズムによって引き起こされる可能性を強く示唆しているが、研究は「疑似科学」信奉によって停滞しているのが現状である。超心理学の研究が進まないのも、超心理学疑似科学だからではなく、「超心理学疑似科学である」という疑似科学的信念のせいである、と言えるかもしれない。


(2016/2559-05-10 作成 蛭川立