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蛭川研究室

蛭川研究室の「はてなブログ」版です

フィールド・アプローチⅡ  西暦2016年度

秋学期の「フィールド・アプローチⅡ」では、フィールドワークの理念というよりは、むしろ、きわめて実践的な方法論について議論します。理念としては「調査地の人たちと信頼関係を築く」ことは、もちろん重要であり、フィールド・アプローチⅠではそうしたテーマも扱いますが、更なる応用編として「人を見たら泥棒と思え」という護身術も身につける必要があります。

担当教員である蛭川は、学生時代より、宗教儀礼の比較研究のために、北はヒマラヤ、南はアマゾンまで、地球上の各地を(浅く広く、ですが)歩いてきました。おかげさまで、今のところ、本格的な伝染病にかかったことはありませんし、犯罪の被害もほとんど受けていません。我ながら、注意深く行動してきたからだと思います。この授業では、まず最低限、そうしたノウハウを伝授できればと考えています。

今までで唯一、身の危険を感じたのは、シウダード・デ・メヒコ(メキシコ市)でした。反政府武装組織であるEZLN(サパティスタ民族解放軍)が街中の広場で楽しそうに(!)デモをしているのが面白かったので、ついついその様子をビデオに撮っていたところ、三人組の若い男性に取り囲まれ、金を出せと要求されました。幸い、「これしか持っていない」と現金を数千円ほど渡すと、彼らは笑って解放してくれました。反政府組織に拘束されたというよりは、それに便乗したカツアゲの類いであったようです。

もう二十年も前のことでしたが、若気の至りでした。なるほどシウダード・デ・メヒコは治安の悪い都市です。しかし、たとえ同じ都市でも、治安というものは、場所と時間と状況によって大きく変わるものだということを知る必要があります。どういう状況を避ければいいかを知れば、多くの犯罪被害は防げます。まず、政治的な集会、あるいはスポーツの試合などで人々が集まって興奮している場所には近寄らないのが賢明です。ましてや写真など撮るのはきわめて危険です。街全体が騒然としている場合には、ホテルなどの部屋に戻り、外出を避けたほうがよいでしょう。

また、強盗に遭った場合、絶対に抵抗してはいけません。抵抗すれば殺されるかもしれません。相手が金銭を要求しているのであれば、素直に渡すしかありません。両手を挙げて、抵抗しない意志を示し、ポケットに入っている財布ごと持って行ってもらうということもあるでしょう。こうした場合に備えて、現金はあまり多く持ち歩くべきではありません。奪われる可能性も考えると、金額は少なすぎてもいけません。渡すものが何もないのも、相手を逆上させる可能性があります。その土地の物価にもよりますが、およそ数千円ぐらいが相場だといわれています。クレジットカードで買い物ができる場合には、カードを活用しましょう。カードは盗られても、すぐに日本の会社に電話をかけて使えないようにすれば大丈夫です。

以上は一例ですが、このようなノウハウを知っておくことで、犯罪に遭うことを未然に防げます。もちろん、被害に遭うような隙を作るのが悪いということではありません。また同時に、ただ犯罪者を断罪すればいいというものでもありません。犯罪者を生むような社会の歪みについても考えなければなりません。そもそも、人を簡単に善人と悪人に分けることはできません。タクシーの運転手が強盗に豹変するということもよくあるのですが、要求に従って金銭を渡したところ、また犯人の態度が急変し、以後、ガイドのように親しく運転手をしてくれたという事例もあります。身ぐるみを剥がされてタクシーの外に放り出された上で、ホテルまで帰るためのタクシー代だ、と言って必要なお金を渡して去って行った運転手の話も聞いたことがあります。

前口上が長くなりましたが、シラバスにも書いたとおり、この授業で扱うテーマは、おおよそ以下のようなものです。最低限の護身以外に、調査方法や、様々な文化的問題についても議論します。具体的な内容は、個々人の行き先によって調整します。

移動手段(飛行機,船,列車,バス,タクシー,三輪タクシー,自転車,徒歩)
治安(政情不安,犯罪)
衛生状態(食事,風土病,予防接種,薬,保険と病院)
言語(現地語,公用語,英語)
ガイドと通訳,貨幣価値,持って行くものと現地調達するもの
訪問時期(季節,訪問先の暦法と儀礼・祭礼のスケジュール)
どこに滞在するか(ホテル,ホームステイ,集会所など)・どれぐらいの期間滞在するか
信頼関係を築く方法・謝礼とお土産
調査方法(参与観察,聞き取り,質問紙など)
記録のための機材(ノート,カメラ,ビデオカメラなど)
雑談の中から必要な情報を引き出す方法
調査する側とされる側の年齢・性別・社会的地位をめぐる関係
禁忌(聞いてはいけない事柄,行ってはいけない場所,撮影してはいけない事柄など)への対応
祭礼・儀礼等への参加,約束の不確かさ(借りたものを返さない,約束の時間に遅れるなど)への対応
その他のトラブル(人間関係,金銭面など)への対応方法


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(2016/2559-02-13 作成 蛭川立