蛭川研究室

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心物問題の近代と現代

 西洋世界で起こった近代科学の急速な発展によって、十九世紀までに心物問題(あるいは心脳問題)は、ほぼ解決してしまったようにみえた。つまり精神と物質との関係において、物質が第一であって精神という実体は存在しない(唯物論)か、たかだか精神は物質の派生物にすぎない(随伴現象説)、という世界観が優勢になった。

 二十世紀になって量子力学などの現代物理学が古典力学的な世界観を覆したが、実際に量子力学的な視点が必要なのは素粒子レベルのミクロの世界であって、人間の生活のようなマクロなレベルでは古典力学の近似で十分間に合う。量子力学の提示する世界観の解釈を巡って、あくまで物質はそれを観測する精神とは独立に存在するという唯物論的、物質実在論的な立場と、観測されていないときの実在については議論しないという実証主義 positivism 的な立場があるが、形而上学的な議論には立ち入らないとする実証主義は、哲学史の中でも二十世紀以降に支配的になってきている。

 観測者の精神が物質を「夢見て」いるとする唯心論的な立場も、解釈としては成り立つ。これは古代のギリシアやインドではむしろ優勢だった立場だが、現在の西洋世界においては西洋文明への自省に伴って見直されつつある。東洋思想と量子力学などの現代物理学を結びつけて理解しようという試みもあるが、東洋思想も現代物理学もどちらも神秘的であるというエキゾティシズムを超えるものにはなっていない。

(2016/2559-01-06 作成 蛭川立