蛭川研究室

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精神疾患の大まかな見取り図

正気と狂気の狭間

程度の差こそあれ、人はしばしば悩む。感情的になることもある。感情的になると、しばしば合理的な判断ができなくなる。ある心理状態や行動が「正常」か「異常」かは、ある社会の中で当事者や周囲の人たちがどれほど苦痛を感じるかという、主観的で相対的な視点から判断するしかない。

幻覚や妄想などは正常な人間には無縁だというわけでもない。極端な例を挙げれば、毎日のように夜になると意識を喪失し、数時間、繰り返し幻覚状態に陥った後、何事もなかったように意識を回復して、幻覚の内容もすぐに忘れてしまうーそういう「病気」があったとしても、社会全体がその「病気」を当然のこととして共有していれば、それは治療されるべき「病気」だとは見なされない。(その異常性を指摘してきたのは、インド哲学など、一部の哲学的思考だけだろう。)

「精神病」と「神経症

精神疾患も、心の病だと考えれば、誰もがなりうる病気であるし、脳という内臓の病気だと考えても、誰もがなりうる病気である。ここで「精神病」と「神経症」という、混乱を招きがちな概念について、敢えて単純化して、図式的にまとめることで、さまざまな精神疾患を簡単に俯瞰したい。

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従来、精神疾患は、大まかに「精神病」と「神経症」に分類されていた。これらの名称は、歴史的な事情でつけられたもので、現代の医学の知見からすると、適切ではない。「精神病」は、一卵性双生児の研究などから、遺伝率の高い、内因性の疾患であることがわかっている[*1]。

一方の「神経症」は、ストレスへの反応など、心因性の要素が強い。ある程度の遺伝的素因も明らかになりつつあるが、それは、病気そのものの原因というよりは、心的なストレスに対する脆弱性、感受性の高さを左右している。つまり、前者はどちらかと言えば「脳の病気」であり、後者はどちらかと言えば「心の病気」だといえる。用語の混乱をもじって「精神病は神経の病気、神経症は精神の病気」とも言われる所以である。

長い間、「精神分裂病」「躁うつ病」「てんかん」が「三大精神病」と呼ばれてきた。その後、てんかんが純粋に神経系の変調だということがわかり、「精神病」から除外された。また「精神分裂病 shizophrenia 」は、精神が分裂しているといった否定的な意味が強く、長年の偏見もあって、日本語では「統合失調症」と訳されるようになった。「躁うつ病」については、「躁」と「うつ」を繰り返す「双極性障害」と、「うつ」のみが現れる「(単極性)うつ病」に二分する傾向にある。双極性障害(とくに躁状態)が統合失調症に近い、より内因性の強い疾患であるのに対し、単極性のうつ病はより心因的な疾患だと考えられるようになっている。双極性障害薬物療法を中心にして寛解させることができる脳の病気であり、生涯続くというニュアンスを持った「障害」という言葉を抜いて「双極症」と呼び変えられつつある。

うつ病の底が抜けると躁病で、躁病の底が抜けると分裂病」などと言われることもあるが、躁状態うつ状態が対極にあるのではなく、うつ病ー躁病ー狭義の精神病(統合失調症)という順に、より内因性が強まるスペクトラムをなすといえる。統合失調症双極性障害は、「二大精神病」と呼ばれることもある。

神経症」や「ヒステリー」は、精神分析の文脈で使われることが多い用語だったが、精神分析の理論自体の有効性が問題にされるようになってから、使われなくなりつつある。「ヒステリー hysteria / Hysterie」はギリシア語の「子宮」に由来する。この疾患が女性に多いことから、古代ギリシアでは、子宮が体内で暴れることで起こる病気だと考えられていた。もちろん、それは誤りである。また「ヒステリー」とは、俗に若い女性が短気を起こした状態を揶揄する言葉でもあり、使用には慎重になるべきであろう。

「ヒステリー」は、もっぱら心理的なストレスに対する心因性の反応と考えられる。その反応が精神に現れるものが「解離型ヒステリー」、反応が身体のほうに転換されて現れるものを「転換型ヒステリー」と分類されてきた。現在では「ヒステリー」という言葉を避け、それぞれ「解離性障害」「転換性障害(身体表現性障害)」と呼ばれるのが一般的である。

精神疾患スペクトラム

精神疾患の診断基準のアメリカ的=グローバル・スタンダードである、DSM-5の章立ては、おおよそ、以下のようになっている。

 1、神経発達障害
 2、統合失調症精神病性障害
 3、双極性障害
 4、抑うつ障害
 5、不安障害
 6、強迫性障害
 7、心的外傷後ストレス障害PTSD
 8、解離性障害
 9、転換性障害
 (以下略)

これは、そのまま精神疾患スペクトラムの一次近似となっている。つまり、狭義の「精神病」とは2であり、広義の「精神病」とは2〜4であり、狭義の「神経症」とは4〜6であり、広義の「神経症」とは4〜9であり、狭義の「ヒステリー」とは8〜9である。

薬物療法は内因性の精神疾患により有効であり、心理療法心因性精神疾患により有効だといえる。おおよそ、抗精神病薬統合失調症双極性障害に有効で、抗うつ薬はその外部の、狭義の「神経症」、つまり抑うつ、不安、強迫などに有効である。このことは、精神疾患の背後にある生化学的なメカニズムを示唆している。単純化すれば、抗精神病薬ドーパミン系の情報伝達を阻害し、抗うつ薬は主にセロトニン系の情報伝達を促進する。逆にいえば、精神病はドーパミン系の活動昂進と関係があり、神経症セロトニン系の活動低下と関係がある。ただし、実際の脳内情報伝達のメカニズムは、非常に錯綜しており、単一の神経伝達物質で、単一の精神疾患を説明できないことも明らかになっている。脳は、単純な伝達物質を、場当たり的に複雑に組み合わせて、情報処理を行っているからである。

文化の中の正常と異常

心因性の疾患のほうがより文化的な影響を受けやすい。内因性の疾患ほど「病気」という生理学的実体が明確で、心因性の反応ほど文化的文脈に左右されるからである。

すでに述べたように、睡眠や夢は、近代社会においては消極的には認知されているが、シャーマニズムにおけるトランス状態や憑依状態、あるいは瞑想状態などの変性意識状態は、その存在はほとんど無視されており、あるいは、精神疾患として解離性障害として分類されうる。(解離性障害は、解離性同一性障害(多重人格)、解離性健忘、解離性とん走、離人症・現実感覚消失症、解離性トランスなどに下位分類される。)

しかし、これらは、文化的に肯定される文脈では、必ずしも精神疾患のような状態を呈するわけではないし、むしろ社会的に望ましい精神状態とされるかもしれない。統合失調症は遺伝的な要因の大きい脳の変調で、文化によらず百人に一人ぐらいの割合で発病するとされるが、その幻覚は否定的な内容の幻聴(とくに幻声)が多く、肯定的・否定的、両方の幻視が多いシャーマニズム的体験とは異なる。

社会的な「不適応」ということでも精神疾患を定義できるが、それは、進化生物学的に、多くの遺伝子を残せるという「適応 fitness 」という概念とは、必ずしも一致しない。たとえば、躁病において男性の性的活動が昂進し、多くの女性との間に子どもを持つことは、進化生物学的には「適応的」な行動であり、躁うつ病の遺伝子が集団内で進化してきた理由の一つなのかもしれないが、それは近代社会の価値観からすれば病的な「性的逸脱」とみなされるだろう。あるいは冬になるとうつ状態になり、社会的活動が難しくなるのは、寒くて食料が十分ではなかった時代には「適応的」だったという考えもある。


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(2015-11-26 作成 2017-05-16 更新 蛭川立

*1:精神病には多数の遺伝子が関わっており、ひとりの人間の中で、すべての遺伝子が揃ったうえで、なおかつ十分なきっかけがないと発病しないので、ある疾患を発病した親から生まれた子(つまり遺伝子群を半分しか共有していない)が同じ疾患を発病する確率は、充分に低い。たとえば、統合失調症の場合、素因に関わる遺伝子は100個程度と見積もられており、一卵性双生児の発病率は50%と高いのに比べ、親子間では10%と低い。一般人口での発病率は、民族によらずおよそ1%とされる。