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蛭川研究室

蛭川研究室の「はてなブログ」版です

コスモロジーの地域史概略

インドとヨーロッパ

 現在、グローバル・スタンダードになっている(そして、恐らくは地球外でも普遍的に通用しうる)自然科学的なコスモロジーは、近代ヨーロッパに由来する。その原型は古代ギリシアの哲学にみることができるが、古代のギリシア文化と近代のヨーロッパ文化の間には断絶がある。ギリシア語で書かれた文献はアラビア語に翻訳されて中世のイスラーム世界で独自の発展を遂げ、それがラテン語に再翻訳されてヨーロッパに輸入されたという経緯がある。

 「哲学」を、具体的な思想から離れた抽象的な思考の体系と見なすなら、哲学を生んだのは、なによりも古代のギリシアと古代のインドであった。(ヨーロッパと北インドの言語は同じインド・ヨーロッパ語族である。)ヨーロッパの哲学が外的・物質的な世界を探求する方法論にすぐれ、やがて近代的な自然科学の基礎となったのに対し、内的・精神的な世界の探求を進めたインドの哲学は、中世にイスラーム化が進んだ時代には衰退し、もっぱら仏教という形で東アジア・東南アジアに受け継がれることになる。仏教世界三大宗教のひとつに数えられることもあるが、ユダヤ・キリスト・イスラームとつながる、絶対的人格神への信仰を拠り所とした宗教に対比して、より抽象的な体系だと言える。

東アジア

 東アジアでは、漢民族を中心とする中華文明が大きな文化圏を形成した、政治や医学などの実学を強く指向してきたのが特徴で、神話や宗教、あるいは狭義の哲学のような抽象的な思考はあまり発達しなかった。技術の側面では古代においては大いに発展したが、それはヨーロッパにおける近代科学=技術のような体系へは繋がらなかった。

 極東アジアの日本では、地理的な隔離もあって比較的独自で均質な文化が保たれてきた。土器を発明した縄文文化から現代の電子技術まで、技術の方面にすぐれた発展をしてきたが、中華文明同様、実用を離れた抽象的な知識の体系ははあまり発達しなかった。インドからもたらされた仏教も土着の自然崇拝・祖先崇拝と習合し、変容を遂げている。哲学や科学よりも文学の方面を発達させてきた文化でもある。

アメリカ大陸その他

 アメリカ大陸にも、中米ではマヤやアステカに、南米ではインカにつながる文明の系譜があったが、主にヨーロッパ世界からの進入者によって(ひょっとすると伝染病のような間接的な原因によって)急速に衰退した。しかし向精神薬、とくに精神展開薬(サイケデリックス)を含む薬草を用いた精神世界の探求は、瞑想という身体技法によって内的世界を探求したインドのそれと平行性をもっている。しかし、そこからは哲学といえるような体系は発展しなかった。

抽象的な思考やコスモロジーの体系自体は、人類に普遍的なものであり、いわゆる文明社会だけが発達させてきたものではない。たとえば外部との接触まで、専ら地理的隔離のゆえに狩猟採集民でありつづけたオーストラリアの先住民社会においても、現代数学的とも言えるコスモロジーは独自の発展を遂げてきたが、それが具体的な儀礼や社会から離れて純粋に抽象的な体系になったり、そこから応用的な科学技術が出てくることはなかった。


(2015/2558-09-28 作成 2016/2559-09-29 更新 蛭川立