レンジャー・ウラン鉱山(北オーストラリア)についてのメモ

『サンガジャパン』20号に「象徴的実在の領域—ポスト・コロニアル・オーストラリアの神話的世界ー」という小論を載せています。

小論の本文自体では、オーストラリア先住民の神話がグローバル化する現代の文脈において、どのように語られているのか、それが人間の集合的無意識とどう関係しているのか、ということを議論しています。ウラン鉱山開発をめぐる状況については、本題ではなく、論じ始めればどうしても政治的に難しい長い議論になってしまいます。ここには、本文には書ききれなかったこと、若干の写真と図表を少し補足をしておきます。

レンジャー・ウラン鉱山につきましては、おおよその概要は、Wikipediaの「Ranger Uranium Mine」に載っていますが、日本語のページはありません。

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「レンジャー鉱山… 皆様の安全と健康が第一です」(写真をクリックすると細かい文字が読めます。)

ERA (Energy Resources of Australia)というのは、オーストラリアの鉱山会社Rio Tintoのウラン鉱山部門であり、日本からは関西電力九州電力四国電力伊藤忠商事が出資しています。

蛭川自身がiPhoneに接続できる簡易線量計ポケガ」を使って、北部オーストラリアのレンジャー鉱山の周囲、カカドゥ〜西アーネムランド(主に人間の居住地と観光地)で計測したおおよその空間γ線量は以下のとおりです。ポケガはβ線を遮蔽してγ線のみを計るようになっているので、μSv/hとしてもμGy/hとしても同じです。

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GPS機能がうまく使えず、手書きになってしまい、失礼しました。地図でJABIRUという都市名の右側、カカドゥ国立公園から白く除外された地域内にある「父」のような形をした鉱山の記号が、レンジャー鉱山です。一般人が立ち入れる、柵のすぐ外側で計った値が、0.04μSv/hです。

地上1mの空間放射線量が0.03μSv/h前後というのは、ほぼ正常な自然放射線量です。素人がざっと計ったかぎりにおいては、ですが、一部で噂されているような、汚染水の流出による環境汚染は検出されませんでした。ウランの鉱脈はかなり深くに埋まっているらしく、地表はもっぱらラテライトに覆われた片麻岩で、道路沿いに移動したかぎり、地質学の文献に書かれていたような、古い時代に貫入した花崗岩は見かけませんでした。風評被害によって観光産業に悪い影響が出ないことを願います。

しかし、汚染が広がっていないということと、先住民の土地権は別問題です。もっとも、土地に対して人間が法的権利を持つという考え自体が外部からもたらされたものだというところは悩ましい問題です。先住民の人権は守られなければなりませんが、人権という概念自体が西洋的な概念であって、その時点で西洋人と同じ土俵に乗らなければならないというところに、自己矛盾があり、先住民問題を難しくしています。

サンガジャパンに抄訳を載せた、国連事務総長宛ての手紙の原文(英語)は、Gundjeihmi Aboriginal Cooperationのサイトの「Uranium Mining」のページから辿れます。順を追って丁寧に論を立てていくあたり、いかにもオブライエン氏らしい文章のようにも思えるのですが、表記上はイヴォンヌが一人で書いたということになっています。その真相については私は知りませんし、そこをあまり詮索するつもりもありません。

管直人元首相が昨年Gundjeihmi Aboriginal Cooperationを訪ねた件については、菅氏ご自身のブログの中でも触れられています。ameblo.jp
ブログにアップされた四枚の写真のうち、二番目に写っているのが「ボス」イヴォンヌで、四番目の写真に写っているのが、ジャスティン・オブライエン氏です。

いわゆる政治的なパフォーマンスというものは、いくばくかは差し引いて見るべきだとは思いますが、菅氏が、アボリジニの人たちが、自分たちの土地が乱されて起こったことに対して「申し訳ない」と思っているのに驚いた、と書いているのは、興味深い着目点です。自分たち人間が土地の精霊をきちんと管理できていなかったので、申し訳ない、という論理なのでしょうか。たんに自然と共生するというよりも、人間が自然を管理しなければならないと考えているらしいところに、(他地域とも共通の)アボリジニ独特の倫理観が感じられます。

ところで、レンジャー鉱山から掘り出されたウランは主に西日本の電力会社が買い取っているということですから、それが福島の原子力発電所で使われたという主張についての根拠は不明です。「Fukushima」という言葉が記号として独り歩きしてしまうことを憂慮しています。(「Fukushima」というのは、東京の人間がそう呼んでいるのであって、地元の人は「Hugsmá」と言っているように私には聞こえますが…)

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鉱山内貯水池の夕暮れ。水鳥たちが群れて舞う様がうまく写らなくて残念ですが、ほんとうに美しいところでした。


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(2015/2558-05-04 作成 05-25 修正 蛭川立